意外な再会
         〜789女子高生シリーズ
 


      



暦の上でも三月弥生が訪のうて、
この冬も極寒だったため、
それは待ち遠しかった春が いよいよのカウントダウンという勢い。
とはいえ、季節と季節の端境は、
列島の上での気団の押しくらまんじゅうが続くゆえ。
暖かくなったり寒くなったり、
冗談抜きに“日替わり”になるほど目まぐるしい。
今日は朝から上天気だったにもかかわらず、
そんな陽光さえ圧倒されかねないほど、
頬に張りつく薄氷のような、冷ややかな空気が満ちていて。
外出は嫌いじゃあないが、
こういう日は用事がないなら家で過ごしたいなぁなんて。
ついつい怠けたことを思ってしまうよな、
筆者のような“おばちゃん”なんかは ともかくとして。
ぴっちぴちにお若い、行動的なお嬢様たちとしましては、
そんなくらいじゃあ一向に障害にはならぬ。
どんなささやかな御用だって、
待ってましたと腰を上げる理由におなりならしく。
学校こそお休みだったものの、
一番の仲良しで親友の白百合さんから、
“ちょっと付き合ってほしい”との要請メールがあったため。
くうちゃんをお膝に乗っけて、ミルクティを味わっていた紅ばらさんも、
自家製の自律型掃除機“マンボ”の調整にかかっていたひなげしさんも、
OK、すぐに行くねと素早い機動力を発揮。
待ち合わせ場所のQ駅改札口前までを、あっと言う間に駆けつけており。
事情さえ口にしなかったほど急いていた当のご本人、
白百合さんこと、草野さんチの七郎次お嬢様は…といやあ。
やっと到着したかと思いきや、

 『実は人を探しているんです。』

そうという取っ掛かりだけを口にするや否や、

 「………っ。」

言葉に宿る言霊の神様が、
胸の裡
(うち)を言葉へ明かしたご褒美に
望みを実現してくれたということだろか。
ただただ一途に行動のみへ集中していたらしき彼女の、
探し人とやらが視野の中へと収まったらしく。
どんな事情で誰をという肝心なところまでは、
未だ知らないまんまの久蔵や平八の二人も、

 ―― 細かいことは
    身柄確保してからでも構いますまい、と。

そここそが、時々 保護者の皆様がたから
もうちょっと慎重にとか慎ましやかにと言われる所以
(ゆえん)
同じ年頃の若いのよりは、深慮がかなうだけの“蓄積”を持ちながら、
何でそうも瞬発力のよさに自制が掛からぬのだろか、
若さゆえの優先順位の違いというものか…と。
不思議がらせ、歯咬みさせている大きな素因が
今回もまた、勢いよく発動したらしくって。
彼女らにはお馴染みなファッションマート、
雑貨店やらブランド・ブティックやらが店舗を抱える、
商業ビルの入り口付近。
平日の午前中でありながらも、
既にたむろしていたらしき若いお顔が幾つか見えるほうへ。
最初に向けた視線を、
外したが最後、相手がいなくなるとでも恐れているものか、
微動だにさせぬままという集中ぶりで見据えたまんま。
ファッションモデルの舞台での足取り、
いやいや、軍人さんの直立前進もかくやという速足、
つかつかつかつかと、真っ直ぐ突き進む七郎次のその様子から、

 『何か特別なオーラでも出てたんでしょうかね。』

それだけ真摯に探していたからですようと、
のちに当人が言い訳したのも聞かれなかったほどの。
一種 執念じみた接近の気配が、先の標的へも危機感を伝えたものか。
そして、探されている身ということは、
誰ぞに攫われたのでない限り、
自主的な出奔や失踪だということでもあるがゆえ。

 『そりゃあ、追っ手が現れりゃあ逃げ出しますよねぇ。』
 『…、…、…。(頷、頷)』
 『お二人とも…。//////』

  茶化してばかりじゃ話が進まぬ。(まったくだ)
 何がどうなったかという方をとっとと進めましょう。

説明も もどかしいほど思い詰めた白百合さんが、
やっと見つけたらしき“探し人”。
だがだが、まだ微妙に距離があったのに、
相手がこちらへ感づいたらしく、しかも挙動が怪しくなった。
こんな繁華街で一旦見失ったらば、
こちらの服装も見られたことから、
見つけ出すのはますます困難になること間違いなくて。
ほんの目の先に見つけたにもかかわらず、
羽ばたく小鳥のようにまんまと去られるのが口惜しかったか、
せめて声で引き留めようとしたのは、理に適った当然の行動。
凛然とお顔をあげの、伸びやかなお声が放った一声が、

  だがだが、連れを初めとする
  その場にいた皆様を愕然とさせもしようとは。
  曰く、


  「こんなところで何してますかっ、キクチヨっ!」







相変わらずに回りくどい筆者ですいませ………じゃあなくて。

 「…………きくちよ?」
 「〜〜〜〜〜???」

逼迫しつつ、だからこそのお声をかけつつも、
歩調は少しも緩めぬまま突き進み続ける七郎次。
ジャケットを羽織っていてもすらりとした、その背中に追随していたはずの、
あとの二人が微妙に遅れたのは、その一言があまりに衝撃的だったから。

  だってあまりに覚えのある名前だ。

思い出すのは、前世で彼らが一堂に会した“とある合戦”の場面。
割に合わないにも程がある、
小さな個人が世情の流れに抗うような無謀な戦い。
一つ一つが戦闘機のような大きさの、百機単位の機巧躯体を従えた、
そちらもまた超弩級とされた浮遊戦艦を相手に。
たった七人の生身の侍が、手にした刀のみを武装とし、
小さな村を守るため、そして、自分たちの矜持という我を通すため、
それは壮絶な戦いを繰り広げたおりに、
言い回し上の喩えなんかじゃあない、
文字通り その身を楯にしたり潰
(つい)えにして、
命を懸けてまで戦い抜いた仲間の一人。

  “まさか…。”
  “あの、キクチヨ……なのですか?”

大陸全土を南北に二分して繰り広げられた大きな戦に乗り遅れ、
それでも侍になりたいと、
その身を闇医者の手により規格外ながら機巧化していた、
一途で不器用な若者の名前。
強く見せたかったか、ずんと大柄な機械の体は、
駆け回らせりゃあ がちゃがちゃうるさいばかりだったし、
刀捌きも太刀筋も、まだまだ未熟この上なかったものの。
実は百姓の出だったその魂は、
無垢…とは言いがたかったけれど、揺るぎなく正直で。
物事の肝心な道理を見失わぬまま、
熱く猛っては、他の侍の面々や か弱い農民らを鼓舞してくれもした。
そんな忘れ難いお仲間の名前が、
選りにも選って、七郎次の口を衝いて飛び出したものだから。
覚えていたからこその この反応、
ぎょっとし、微妙に足並みが乱れた久蔵と平八だったのだけれども。

  「……………えっと。」

ただ、それを“だよね”と確かめ合う前に、
うっと声が堰き止められるところが、
彼女らが現世で身につけた、特別な“分別”でもあって。

  だって…覚えていることや思い出すことは人によって違う

記憶を突き合わせるまでもなくの肌合いで、
相手の気性を思い出せ、思考の癖やパターンへの察しがつくほどに。
確かに間違いなく、
同じ時間軸の“過去”に居合わせた彼女らではあることは、
既に確かめ合っているけれど。
各人の価値観やらその当時の蓄積の差やらが関わるか、
思い出せることが微妙に重ならぬ部分もあって。
やはり同じ過去に居た他の“転生人”を、
必ずしも誰もが同じ頃合いに思い出すとは限らないことも判明していて。
特にこちらの三人娘は、
性別が違うからか、それとも生まれ直しが他の人とは世代がズレていたからか、
記憶がよみがえったのも 最近数年のことだし。
目の前に居る“転生人”に、
されど なかなか気づかぬというのも珍しいことじゃあない。
平八は五郎兵衛に、久蔵も兵庫になかなか気がつかぬまま、
数年を共に過ごした身だし、
七郎次も…彼女が一番遅い覚醒だったからか、
ほんの最近まで、勘兵衛の頼もしい双璧二人、
直に逢っていながら なかなか思い出せないままでいたほどで。

 “久蔵殿なんて、
  間近においでの もんの凄いお人を
  まだ思い出せていませんしね。” (さて誰のことでしょう?) 笑

とはいえ、
今の今、自分が受けた衝撃を
隣りのお友達も間違いなく…同じ重さやカラーで受け止めたらしいのは、
似たようなリアクションからも伺い知れる。
恐る恐るお顔を見合わせ、まずは平八が行く手を指差して見せれば、

 「………13歳、だったらしいな。」
 「おおう、何でそれを。」

だってあの家系図の顛末は、久蔵が合流する前の一騒ぎ。
平八が まだ侍捜しの段階にあった一行に合流したおりに、
お前みたいな米に詳しい変梃子なのは侍じゃねぇ、
俺こそは由緒正しい侍よと、
何代もの名が記された家系図の巻物を
どーんと鮮やかに広げて見せたキクチヨだったが、

 『…元和元年生まれということは、お主まだ13歳か?』

これが自分だと指差した、
一番最後のお名前に添えられた生年があまりに新しすぎて、
勘兵衛らからの鋭い指摘に遭ってしまい、
偽物か盗んだかと逆にぼろが出てしまった顛末も、
今となっては懐かしく。
そして、そんな逸話を知っているということは、
久蔵もまた、あの“彼”を覚えていたということで。

 ちなみに、

 『俺はシチから聞いたのだがな。』

皆が時々、彼を捕まえて“13歳”とからかうものだから、
どういう意味かと小首を傾げておれば、
七郎次が“実は…”とこっそり教えてくれたそうで。

  だっていうのに、
  今のこの、七郎次の言動はいかがなものか。

たった一声にも
これだけのあれやこれやが絡まるところが、
何ともややこしい人たちなその上、

 「………七郎次?」
 「え? あ、勘兵衛様?」

そちらが目に入ってなかっただなんて、
七郎次にとっては それこそ驚天動地の一大事…だろう。
この白百合さんが、
過去も現在も その傍らに寄り添いたいとして来た、
深い深い想い入れの相手。
どこが良いんだ、こんな年寄りと、
他でもない本人に言わせているほど
それは一途に思い詰めておいでの、
過去では上官、現在は警視庁勤務の警部補というお立場の、
島田勘兵衛その人が、何とすぐ手前に来合わせており。

 「何で此処に。
  ……あ、ちょ、ちょっと待ってて下さいね。」

この年齢層には珍しいだろう高い上背に、
少々くたびれた、いやさ
着慣らされた深色のスーツを、
機敏な所作にて隙なく着こなし。
雄々しい肩先を覆うは、豊かな濃色の髪。
精悍な面差しには、
様々な経歴を錯綜させた陰影が、
色濃く刻み込まれてのひたすらに、
男臭くて頼もしいばかり…という。
思い出す前も思い出してからも
好きで好きでたまらないお人なのにね。
こうまで至近距離になるまで気づけなかった自分に
なんでなんで?とドキドキした拍子、
そちらは意識の外へと手放しかけてた“現状”だったのだが、
だがだが…ギリギリすんでのところで彼女を引き戻したのは、
一体どういう執念か情熱か。


  だって、アタシは彼女を探していたんですもの。
  納得ずくで上京して来た身でありながら、
  なのに迎えに出たウチの内弟子さんへ
  急用が出来たからとだけ書いた
  ルーズリーフ一枚を渡して姿を消すなんて。
  血縁、身内だからって言ったって、
  そうそう
  やっていい無遠慮じゃあないでしょうが、


  「どんな用事があったって、
   まずはアタシんチに来て落ち着いてから
   あらためて出掛けるのが
   順番なんじゃあないですか、きくちよ………」


間近になった大好きな壮年殿の肩越しという格好になったが、
それでもぶれずに当初の目的、
関西方面から上京して来たそのまま、
行方をくらました親戚のお嬢さんを、
逃がすものかと見据えつつ。
同世代の女子高生とは思えない、
なかなかに貫禄のあるお叱りの文言を連ねていた、
白百合様であったのだけれど。
金髪に青い眸の十代の少女が、
一丁前に叱咤の言葉を掛けてる図だってだけでも
少々異様な構図であるその上、



  「…………………きくちよ?」



自分で放った言い回しにか、いやいや、
それ以外のあれこれも絡んでのことだろう。
人差し指で相手を指し示し、
腕ごとびしぃっと伸ばしていたほどの勢いが
ふっと萎えたものだから。

 「あ…。」
 「…………シチ。」
 「気づいたらしいな。」

三者三様の反応が拾えたこちらのサイドは勿論のこと、

 「何でここへ来合わせてるかな、モモタロウまで。」

判る人には判りやすい一言ともに、
しょっぱそうな顔になり、む〜んと目許を眇めてしまった、
ちょっぴり大柄な赤毛の女子校生さんだったりし。




  部外者にはそうは見えないかもですが、
  現場は大混乱している模様です。(……確かにな・笑)










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  *ホワイトデーだってのに何をとろとろ書いてるんだか。(まったくだ)
   すいません。事態はほとんど進んでいません。
   背景説明だけで終始しちゃいました。
   水曜は夜更かしが祟って頭が回らないのを失念しておりました。
   やはり“キクチヨ”だったらしい彼女でして、
   何しろ唯一素顔が判ってないキャラなので、
   絵のない文章だけから姿を想像するのは大変かもですね。
   しかも女性だし………無謀でしょうか? ふふふvv(こらー)
   先走り過ぎながら、
   私としては『サクラ大戦』のカンナさんが、
   ビジュアルのみならず性格設定も、
   あ、こんな感じじゃんと、ポンと浮かんだクチでございますvv   


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